【特別寄稿・インタビュー】
「見えない資産」を次世代へ引き渡す―
―私財を投じる投資家が語る、本当の“豊かさ”の循環
起業、チャリティ、そして社会課題の解決を目的とした「インパクト投資」。
日本でも昨今、耳にすることが増えた言葉だが、それを早くから実践している女性投資家がいる。
ウィングストン・ジャパン財団 代表理事 石尾美海氏。
彼女のキャリアは20代での会社経営から始まった。「社員やお客様に恵まれた」と本人は謙遜するが、若くして経済基盤を作り、2014年にはNPOの理事としてチャリティ活動を本格化。その後、30代では社会インパクト投資や、スタートアップ企業へのエンジェル投資、私財を投じて財団を立ち上げるなど、活動は多岐にわたる。
日本において、女性がこれほど多角的に社会へ資金と情熱を循環させる例は珍しい。しかし、彼女の原動力となっているのは、驚くほどシンプルで、温かな「家族の哲学」だった。

■ 家族の背中が教えてくれた「社会還元」の意味
社会還元への関心は前の世代の大人から受け継がれたものだ。経営者だった祖父や、慈善活動に取り組む親の姿を見て育った彼女にとって、「社会に還元すること」は、大人が果たすべき当たり前の役割のように思えた。
そして、その価値観は彼女が自ら築いた家族によって、さらに深められていく。
「夫はいつも、自分のことよりも人の幸せを願う人。自分の賞与をためらいなく寄付に回したり、あらゆる命を大切にする人。子ども、老人、立場の弱い人、動物、小さな虫などを大事にする姿勢はいつも一貫していて、それを当たり前にやっていました。たとえばある日、テラスでドリンクを飲んでいたときのことです。小さな虫がグラスに入ってしまい、溺れそうになっていました。彼はそれをそっと救い出すと、近くにあった乾いた葉の上に移してあげていたんです。誰も見ていない場所で、そんな風に小さな命に寄り添える彼を見ていると、彼が大切にする自然や命を、私も同じように守りたいと心から思うようになりました。」
さらに、義理の両親の存在も、彼女の生き方に深い影響を与えている。
義理の両親は3人の男の子を育て上げた後、さらに2人の里子を引き取り、実子と変わらぬ愛情を注いで育て上げた。看護師だった義理の母は、行き場を失った動物たちの保護活動にも身を尽くしてきたという。
「尊敬できる人たちが身近にいてくれたことが、今の私の大きな原動力になっています」
■ 「大切な人がいる日常」こそが、最大の幸せ
「大切な人との時間を大事に生きる。それこそが人生の究極の目的」、と語る彼女の価値観は極めてシンプルだ。
「自分のためだけの利益には、あまり興味がないんです。大切な人がそこにいてくれる、そんな当たり前の日常が送れること。それだけで、私の人生は十分に満たされています。」
「自分自身はすでに満たされている」からこそ、残されたリソースを社会へと向ける。
そこには、「時間」の価値を知る、投資家としての論理があった。
「一度きりの人生、命の時間は限られています。だからこそ、本当に社会にとって意義のあることに自分の時間を使うと決めているんです。もしそうでなければ、その限られた大事な時間は、大切な人と過ごす時間に使いたい。私の時間の使い方は、そのどちらかしかありません」
■ 「珍しい存在」から「当たり前の未来」へ
彼女はこれまで国内への支援に留まらず、インド、ブルンジ共和国、ベトナム社会主義共和国、スリランカ民主社会主義共和国、カンボジア王国といった開発途上国における教育支援や水道施設の建設など、多角的な人道支援を行ってきた。
インドの最貧地域ビハール州からは、日本への留学を希望する少女や保護者を招待し、日本の経営者たちとの交流の機会を作った。壁のない学校を卒業したその少女にとっては、初めての海外、初めての飛行機、そして初めて見る富士山。日本の経営者たちとの交流の機会を経て、少女は「今度は私が、他の子どもたちをインスパイアする存在になる」と宣言して帰国した。彼女は現在、現地のトップクラスの大学に進学し、東京で見つけた夢を叶えるために勉学に励んでいる。
自らがスポンサーとなって共催した国際カンファレンスでは、ウェルビーイングや「IKIGAI」人生の目的といったテーマを経営者や学生たちが一緒に向き合うことで、そこから派生する様々なプロジェクトが生まれた。海の環境を守る経営者たちのグループ、保護犬など動物を守る活動やコラム記事、アーティストの展示会へのきっかけを作るなどにつながった。米国の元大統領ファミリーメンバーと共催するカンファレンスとあって、特別な機会に参加できたと喜ぶ起業家や、「視野が広がるきっかけとなった」と話す学生たちもいた。
また、環境保護に取り組む国内のディープテック(社会的インパクトの大きい技術を持つ企業)への投資を通じては、それらの企業が経営難に陥った時の救済者となり、複数のスタートアップ会社が海外進出を果たすための資金基盤を構築した。
エンジェル投資家として黎明期を支えたスタートアップ企業からは、グローバル市場への上場に向けた進捗や、米Google社から特別賞を授与された実績や結果といった吉報が定期的に彼女のもとへ届く。「エンジェル投資は単なる資金リターンが目的ではなく、最先端の情報をアップデートし続けるための手段の1つ」と語る彼女自身、企業の成長プロセスを深く愉しんでいる。

現在、日本の投資界において、彼女のように自らの私財を投じて活動する女性は非常に稀有な存在だ。だが、彼女はこうも言う。
「今は女性の投資家という存在が、日本では珍しく映るかもしれません。でも、海外では女性の投資家はもっと多い。そのうち、日本でも、女性が当たり前に投資を行い、社会をより良くするための意思決定に関わっていく未来が、当たり前になると感じています」
自分が先陣を切ることで、あとに続く人々にとっての「当たり前の選択肢」を増やしていく。それもまた、彼女が未来に向けて残そうとしている、目に見えないレガシーの一つかもしれない。
ファーストペンギンとして心のままに進む彼女は、これからの日本、そして世界の経済に、静かで確かな変革をもたらしていくはずだ。
【聞き手・文章:田中かおり】